
13 向承訓(伊江親方朝安)
1768~?
絹本 掛幅装
縦93.0横26.5
古今図書天下
文書
向承訓は第二尚氏王統の王族系統に属する人物で、父・向天迪(伊江親方朝睦)と共に父子二代で琉球王府の最高行政官である三司官を務めた。1812年7月に年頭慶賀使として薩摩に渡り翌1813年11月に琉球へ帰国した。

14 毛克昌(安里里主安通)
1826~1846
紙本 掛幅装
縦93.5×横47.5
堆雲稱禹甸
撃壤戴堯天
毛克昌は1842年に徳川家慶の将軍就任を祝う慶賀使に楽童子として参加した。楽童子とは琉球使節に随行した役目の一つで、士族の中から選ばれた13~18歳位までの容姿端麗な少年達が楽曲の演奏や舞踊のほか、宴席などで書の揮毫なども披露した。江戸へ出立するおよそ1年ほど前に任命されて音楽・舞踊・書などを入念に習得したとされる。本作にも10代の少年の筆とは思えない程の落ち着きと風格が感じられる。

15 毛廷章(登川里之子安泰)
1817~1838
紙本 掛幅装
縦108.5×横47.5
詩吟唐近體塵
拂晋風流
毛廷章は1832年の江戸上りに楽童子を務めた。かなり多才な人物だったらしく特に音楽に秀でていたという。字ごとの完成度にはばらつきがあるが、全体から若々しい勢いが感じられ、楽童子として培われた書の素養の高さをうかがわせる。

16 向邦錦(富永親雲上)
生没年不詳
紙本 掛幅装(蝋箋)
縦20.8×横25.5
祥開盛
世龍騰
海
向邦錦は1842年、徳川家慶の将軍就任を祝う慶賀使で楽師を務めているが、1832年の使節には富永里之子の名で楽童子として参加した人物と考えられており、本作もその頃の揮毫とみられる。蝋箋の上に慎重に筆を運びながらも、若々しい気迫と伸びやかな筆勢が感じられ、見る者の心を和ませる。

17 魏献芝(牧志親雲上)
1709~1767
紙本 掛幅装
縦120.0×横49.8
龍帯晩烟帰洞
⬜︎⬜︎拖秌危入
衝陽
久米村系魏氏大湾家の6世で、家譜上の呼称は牧志親雲上。1728年に漢字御右筆の補佐役となり、のちに漢字御右筆、漢字御右筆主取を務めた。文官・通訳として外交実務を担った。この書は全体的に力強く躍動感があり、堂々たる書格が感じられる。

18 毛允良(亀川親方盛武)
1808~1880
紙本 掛幅装
縦120.5×横25.8
福 寿

19 謝㬢
生没年不詳
紙本 掛幅装
縦125.0×横59.6
衝陽